CAR T細胞療法の可能性と進歩

2024/04/15     

 

サイエンスの物語。Our Storiesは、ブリストル マイヤーズ スクイブが医薬品の元になる物質の発見から開発にいたる創薬の無数のプロセスをたどり、ストーリーとして紹介するシリーズです。どのプロセスも、最終的に患者さんの人生を劇的に変える科学的な大発見につながる可能性を秘めた貴重な瞬間です。今回は、過去20年間で最も画期的な医療界のイノベーションのひとつである、CAR T細胞療法の課題、進歩、可能性に注目します。

キメラ抗原受容体(CAR)T細胞療法が、仮説から画期的な治療薬になるまでの道のりは、挑戦、忍耐、それに飛躍的な進歩にはつきものの創意工夫の連続でした。「10年前、CAR T細胞療法とはどのようなものであるかを初めて聞いたとき、『すごい』という驚きと同時に、無理だと思いました」ブリストル マイヤーズ スクイブのCancer Immunology and Cell Therapy Thematic Research Center(がん免疫学・細胞療法テーマ研究センター)シニアバイスプレジデント兼シアトル拠点リードのTeri Foy(PhD)は、そう語ります。現在では、CAR T細胞療法はこの20年で最も期待が持てる医療界のイノベーションに数えられます。

ブリストル マイヤーズ スクイブは、細胞療法の研究の進展に力を尽くし、この領域において確固たるパイプラインを拡大しています。研究者は、卓越した科学的知見に基づき新たな標的を探し、T細胞を改変する新たな手法を見出し、独創的な発想で、固形腫瘍、自己免疫疾患や神経疾患など他の疾患にも適応を拡大する方法を編み出そうとしています。

CAR T細胞療法の新たな標的を見つける

ブリストル マイヤーズ スクイブは、現在、CD19とBCMAをそれぞれ標的とする2つのCAR T細胞療法の承認を取得した唯一の企業です。CD19(分化抗原群)はB細胞性リンパ腫、BCMA(B細胞成熟抗原)は多発性骨髄腫における標的です。ブリストル マイヤーズ スクイブのシニアバイスプレジデント兼トランスレーショナル・メディスン責任者であるMike Burgess(MD, PhD)は、次のように述べます。「T細胞表面の受容体を改変することで、CAR T細胞が、標的となるがん細胞、正確にはがん細胞の表面に発現するタンパク質を認識します。このタンパク質は患者さんによって異なり、時とともに変化するため、新たな標的に対応した新しいCAR T細胞療法を開発することが特に重要です」

同じ多発性骨髄腫であっても、BCMAの発現率が低ければBCMAを標的とする治療で奏効を得られない可能性があります。骨髄腫によって発現する別の標的を見つければ、BCMA標的療法で不奏効または疾患が進行した患者さんに新たなベネフィットをもたらせるかもしれません。GPRC5Dは骨髄腫細胞の表面抗原であり、骨髄のがん細胞に過剰発現する一方で、他の細胞種の表面には限定的な発現に留まります。BCMAとは無関係に発現するため、BCMAを標的としてがん細胞を十分攻撃できない場合、GPRC5を第2の標的に使えば奏効率を改善できる可能性があります。現在、ブリストル マイヤーズ スクイブが開発したGPRC5D標的CAR T細胞療法を対象とする臨床試験が進められています。

新たな治療領域の確立へ

CAR T細胞療法は、これまで主にがん治療で成功を収めてきましたが、病態に関わらず、疾患の原因となる細胞を標的とすることができます。 

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私たちの研究プロジェクトはすべて、卓越した科学的知見から出発しています。根底にある疾患プロセスと過去の研究から得られた有益な洞察への理解があれば、知識を深め、それを新たな領域に新たな手法で適用できます。
エグゼクティブバイスプレジデント兼研究ヘッドRobert Plenge(MD, PhD)

例えばCD19はB細胞の表面に発現しますが、B細胞は抗原提示機能を持ち、免疫媒介性疾患では自己抗体産生細胞の前駆体として関与します。この科学的知見を土台としつつ、臨床プログラムの経験を活用して、ブリストル マイヤーズ スクイブは、ループスや多発性硬化症などの自己免疫疾患、炎症性疾患の治療薬としてCD19標的CAR T細胞療法を研究しています。最終的には、B細胞を枯渇させて疾患の原因となる免疫記憶を消去し、免疫系を「リセット」することを目指します。このような免疫が介在する疾患は、病態が複雑であるため治療が難しく、新たな治療薬に対する大きなアンメットニーズが存在することから、このアプローチは特に期待が持てます。

CAR T細胞療法の製造工程の向上

CAR T細胞療法は、患者さん自身の細胞を用いて高度な製造工程を経て個別に生産されます。そのため、従来のどの生物学的製剤や医薬品よりも、製造から投与に至る過程が複雑です。ブリストル マイヤーズ スクイブは、生産能力を増強し、新たな「off the shelf」(既製品)製剤で現代科学の限界を乗り越えるための努力を重ねています。

NEX Tプラットフォーム

ブリストル マイヤーズ スクイブのNEX T製造プラットフォームは、より短期間でさらに高品質なCAR T細胞療法を開発できる可能性を秘めています。より均質で強力なT細胞の増殖を促すこの工程によって、さらに深く持続的な奏効を得られるかもしれません。

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治療は時間との勝負。少しでも早くCAR T細胞療法を受けられるようにすることが、患者さんにとって何より大切です。NEX Tは細胞療法の製造期間を短縮するとともに、CAR T細胞療法の適応拡大に向け研究を進めるに当たり、製造工程の規模の拡大を後押ししてくれます。
血液・腫瘍・細胞療法領域後期臨床開発責任者兼シニアバイスプレジデントAnne Kerber(MD)

現在、この製造工程を用いた新世代のCAR T細胞療法の臨床研究が進められています。

同種細胞療法

同種または「off-the-shelf」CAR T細胞療法は、患者さんの遺伝子を改変したT細胞ではなく、健常なドナーのT細胞を用いて作られます。「自家CAR T細胞療法の課題のひとつは、患者さん自身の細胞から製造するため、細胞の質が本人の健康状態に左右されることです。同種細胞療法は、健常なドナーの細胞を採取し遺伝子を改変します。製造を待つ時間を短縮して、より早く患者さんの元にお届けできるのです」とFoyは語ります。同種細胞療法は、患者さん自身の免疫系を回避するために様々な遺伝子改変を行う必要がありますが、さらに多くの患者さんにより早く投与できるという意味で、大きな可能性を秘めています。

次世代の細胞療法を生み出す細胞工学

CAR T細胞療法の進歩には、細胞工学への新たなアプローチが求められます。世界初のCAR T細胞療法の成功は、驚くべき科学の偉業でした。研究者は今、これをさらに改良し、有効性に優れ、さらに高い精度で細胞を攻撃する、次世代の細胞療法を製造する新たな技術の発見を目指しています。免疫抑制性の腫瘍微小環境を克服し固形腫瘍を治療するために、多角的な視点で細胞工学の技法が活用されています。

2つの標的抗原

1種類のCAR T細胞療法で2つの抗原を標的にすることにより、がん患者に見られがちな標的の不均一性や抗原の減弱に対応できます。タンデム型CARやロジックゲート(論理ゲート制御が可能な)CARといった、様々な遺伝子改変の技法を用いて2つの抗原を同時に標的にできます。タンデム型CARは、1対のCARで2つの異なる抗原を標的にできます(どちらの抗原もCAR T細胞を活性化させます)。ロジックゲート CAR T細胞は非常に複雑なもので、認識と活性化のプロセスに論理回路(意思決定)が組み込まれています。その一例が「IF/THEN」論理回路です。この例では、CAR T細胞にプライミング受容体が付加されており、この受容体が活性化されなければ溶解性CARは発現しません。つまり、もし(IF)プライミング標的があれば、その場合(THEN)は溶解性CARが発現しT細胞が活性化して機能します。がん細胞にのみ発現する抗原を標的に選ぶことで、健常な細胞を傷つけずがん細胞を死滅させることができます。IF/THEN論理ゲートを使えば、健康な細胞を残し腫瘍細胞を選択的に死滅させることが可能なのです。

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例えば、ブリストル マイヤーズ スクイブが治験中のBCMA/GPRC5Dを標的としたタンデム型細胞療法は、がん細胞の表面に存在する抗原の多様性に対応するため、多発性骨髄腫においてBCMAと GPRC5Dの両方を標的とするものです。

eTCR 療法

CAR T細胞療法は、がん細胞の表面に存在するタンパク質のみを標的としますが、改変T細胞受容体(eTCR)療法は、がん細胞内部の標的を認識します。がん細胞の内部には表面以上にがんに特異的な標的が存在するため、この技術によって、細胞療法の適応を幅広いがん種に広げられる可能性があります。

細胞療法領域はここ10年で飛躍的な進歩を遂げましたが、現在の治療をさらに進化させた新たな選択肢が切実に求められています。個別化治療であるCAR T細胞療法の製造を待てないほど病状が深刻な患者さんもいます。より高い精度でがん細胞を攻撃する新たなアプローチが必要な患者さんもいます。健康に最も深刻な影響を及ぼすがんという疾患の複雑性、多様性、絶えず変化する性質に対応し、さらには先駆ける治療法が求められています。細胞療法は、すでに血液がん治療に変化の波を起こしています。

しかも、何よりもうれしいことに、これはまだ始まりに過ぎないのです。